見上げた先にあった、美しい時間
パリ・オペラ座、パレ・ガルニエの天井を見上げたとき、しばらく言葉が出てきませんでした。
金色の縁取りの中に描かれた天使や女神たちは、百五十年近く前からずっとこの場所で、訪れる人を見下ろしてきたのでしょう。シャンデリアの灯りが天井画を淡く照らして、自分がとても小さな存在に思えた一方で、不思議と心は静かに満たされていきました。
美しいものというのは、一瞬でできあがるものではないのだと、あの天井を見上げながら思いました。画家が筆を重ね、金箔を貼り、何年もかけて仕上げた装飾。そのひとつひとつの積み重ねが、今日この瞬間の「美しい」につながっている。
それは、人生も同じかもしれません。
若い頃には気づかなかった色の重なりや、時間をかけてやっと選べるようになった生き方がある。50代を過ぎてから見る景色は、20代の頃に見ていたものと同じ場所でも、まったく違う奥行きを持って見えてきます。きっとそれは、私自身の中にも、少しずつ重ねてきた時間があるからなのでしょう。
天井を見上げたあとに立ち寄ったラデュレで、色とりどりのマカロンを眺めながら、そんなことをぼんやり考えていました。小さな一粒のお菓子にも、職人の時間が積み重なっている。旅先で出会うものはどれも、誰かが長い時間をかけて育ててきたものばかりです。だからこそ、旅は特別な時間になるのだと思います。
パリの街を歩きながら、プランタン百貨店の花の装飾に足を止めたときも、同じことを感じました。華やかに見えるものほど、その裏には静かな手間がかけられている。年齢を重ねるということも、きっとそういうことなのだと思います。慌ただしく過ぎていくように見える日々の中にも、後から振り返れば「あの時間があったから今がある」と思える瞬間が、少しずつ積み重なっているのでしょう。
旅の終わりに、並木道を歩きました。枯れ葉が足元に敷きつめられて、秋の光が木々の間から差し込んでいました。特別な出来事があったわけではありません。ただ歩いただけの、何気ない時間。でも、こうして振り返ってみると、その何気なさこそが一番愛おしく思えてきます。
あなたが歩む道、それこそが美しい人生。
パリで見上げた天井画も、小さなマカロンも、並木道の落ち葉も、私にとってはすべて「人生は美しい」ということを、静かに教えてくれた時間でした。
今日も Belle Vie を訪れてくださり、ありがとうございます。
あなたが歩む道、それこそが美しい人生。
À bientôt.
また、Belle Vie でお会いしましょう。
